第28回:上髙原拓也先生(海老名市立海老名中学校)

音楽科における授業実践

本校は創立77年目を迎えた市内で一番古く歴史のある学校です。「信頼」をキーワードに掲げ、落ち着いた生活態度で向学心の高い生徒が多いのが特徴です。教科教育に関しては、教育指導グループが中心となり「教科横断的な授業展開の研究」に取り組んでいます。先日行った校内研修会では、授業者と他教科の教員による協議を踏まえて研究授業を行いました。ベテランの先生方も積極的に研究授業を行うなど、研究熱心な教員が多く活発な雰囲気も特徴の一つだと思います。

 

私は教職に就く前、日本料理の道を志した経験があります。日本食の基礎となる一番出汁の授業で味見をしたときのことです。当時の私には薄く感じ、美味しいという感想はもてませんでした。その感想を素直に伝えたところ、先生は塩を2、3粒まぶしてくれました。途端に風味を感じ「旨い」という感覚に出会えました。絶妙な塩梅で生徒の味覚を引き出した先生の導きは見事だと感じます。もう四半世紀前の出来事ですが今でも鮮明に覚えています。音楽の道に転向し教員になった後も、料理の世界で学んだ感覚や考え方はとても意義深く私の礎となっています。

 

合唱コンクールの前は生徒のモチベーションが高まり授業以外でも歌っているので、喉の状態や呼吸器を含めた身体面、そして、学校全体の空気感に触発されるメンタル面がともに作用し好循環が起こります。音楽の授業における「旬」の時期です。合唱指導における私のゴールは、生徒(クラス)が、歌詞を自分の言葉のように語り、音楽表現を自分の内面から溢れ出るものにすることです。指揮者はそれを引き出し先導し、伴奏者はそれを音で支えます。料理でいったら鍋でしょうか。音楽が好きや得意な人、嫌いな人、苦手な人、いろいろな人(素材)が合わさって互いの良さを高め合うことが大事です。一人ひとりの出汁の良さが出せるように行った授業実践について、どことなく料理のレシピ風に紹介させていただきます。

 

合唱の指導では、歌詞の解釈に半分程度時間をかけます。音楽に長けていない生徒でも言葉のイメージのやり取りは国語や英語、社会との教科横断的な学びを含め、参加しやすく協働しやすいからです。この時間は料理でいうところの下準備のようなものです。どの料理もこの仕事が丁寧だと、食べやすく味が入りやすくなります。音楽付けを本格的に行う前のレディネスの意味合いが強い時間です。ここで大事なひと手間。音程やリズムを取ることが苦手な生徒の手立てをしっかりと行うことが重要だと思っています。各々が達成感や充実感を感じられる合唱は聴き手にも共感を呼びます。そこで活躍するのがICT機器です(海老名市の中学校では一人一台端末(chromebook)環境が整備されています)。「Musicca」というサイトのツールはリズム・ピッチ(音高)の可視化に最適で、周りの人に気兼ねなく自分の音の高さをチェックすることができます。また、リズムや音程の読譜など個人差が出やすい内容を習熟度別に個人でエクササイズできるので有効に活用しています。料理でいう、面取り(野菜などの角を浅くそいで、丸くすること。荷崩れを防止する効果が期待できる)や筋切り・飾り包丁(味や火が入りやすくなる)などの下準備を丁寧に行うと料理を仕上げる際の味のまとまりや料理の一体感に差が出ます。

 

残りの半分の時間は音楽的要素を練る時間です。主に私との対話の中でイメージを膨らませていきます。また、生徒たちが前半の時間で共有した歌詞の解釈やイメージを体現させるために、そして、人に伝わりやすくするために、数種類の味付けで範唱してみせます。聴覚・視覚に迫る時間と捉えています。生徒には自分のイメージに合う歌い方を選択してもらい、その歌い方に近づけるようアドバイスをします。「教える」というよりは「提案する」といった方が近いです。また、指揮やダンスなどの身体表現で体感することも大事です。触覚に訴えかける方法も有効でした。風船を媒体にしたり、直接自分の身体の共鳴部分に触れたりして、振動を感じ取らせます。教師の歌声で共鳴・振動させた風船に触れ比べることで響きの違いを体感してコツや加減をつかめた生徒が多くいます。

 

さまざまなやり取り(リハーサル)を通して、個としては、アンテナ(感受性)を刺激し伸ばすこと。集団としては、自分たちの歌になっていくことを心がけています。後半の部分が料理でいうところの火入れ・味付けの時間です。合唱コンクールでは他者(聴き手)に伝わるかどうか、共感してもらえるかどうかなどを客観的な視点・感覚で想像することが必然化される絶好の学びの場面です。熱量も大事です。冷めた揚げ物は美味しくありません。熱すぎても味わえません。料理も音楽も「丁度良い」が存在します。

 

日増しに思うようになっていくことですが、教師が「こうするべきだ」と正解を教える味付けよりも、クラスの雰囲気や生徒の個性に合っていて、自分たちが納得して選んだ表現の方が自然で心地よい合唱に仕上がることです。クラスや生徒の個性に合う合唱とは何かを、私が探究していかなければなりません。料理界時代の師匠は「人をひきつけるお店は、客の食べ進め方や様子を見て、後半に出す料理の味付けを調整したり、汁物の温度を調整したり、出すタイミングを見計らったりする。人を見る力が大事」とおっしゃっていました。最近身に染みてその考え方に共感しています。授業や生徒指導においてもその感覚は有効だと考えます。

 

多少、無理やり料理と音楽をリンクさせながら書かせていただきましたが、生徒が自ら考え、行動することをさまざまな角度から問い掛け、投げ掛けることで、学ぶことを楽しむ生徒を増やしたいと願い、人(素材)に助けられながら授業をしています。

 

次回は、聖光学院高等学校の三瓶 航先生にご担当いただきます。ぜひお楽しみに。

 

 

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